大人になれるまで

白い円と申します

あの子

深夜に届いた「切っちゃった」ってライン
すぐに家を飛び出して自転車漕いで
部屋に入ったら血濡れのティッシュがたくさん転がっていた
細すぎる太ももには古い傷と新しい傷が混ざってて
前見た時より醜くなっていた
「腕も切ってみたけど血いっぱい出るんだね、そりゃあみんな腕切るよね」
とまだ血の止まっていない腕を見せながら
ハラハラしている私をよそに笑っていた

あの子はこれからどうなるんだろう

今でも太ももや腕の傷はまだ残ったままなんだろうか

残ったままなんだろうな

あれだけ深い切り傷は簡単には治らないだろうな

 

 

何も知らなくていい

 

 

あの子のことについては何も知らなくていい

 

異様に暑かった春の陽差しとか初夏の生ぬるい空気とか秋の深夜の交差点の点滅信号とか真冬の凍てつきそうな風に吹かれながら家まで自転車飛ばした時の気持ちとか柔軟剤の甘すぎる匂いとか二段ベッドの上段とか壊れたラジカセとか「半袖の服着ると嬉しい気持ちになるんだよね」って話す声とか見た目は悪いけど味はおいしいチャーハンとかすみっこぐらしのぬいぐるみとかキキララのチョコレートの缶とかかわいい色のiphoneSEとか楳図かずおの漫画とか伊集院光のラジオとか実家の住所とかいつも冷蔵庫に入ってた豆乳の銘柄とかもう思い出さないよ

 

 

でもあの子のおかげで大嫌いだった春が少し好きになれたし半袖って嬉しいなと思えるようになったし可愛いものに興味を持てるようになったし音楽に詳しくなれたし色んなジャンルの漫画に触れられたし物事をよく考えるようになって成長できた気になれたし何より生きることと死ぬことについての価値観を変えることができた

 

 

お互いに死に損ないの人間だったもんね

 

 

あの子は泣いて首にロープをかけられなかった
私はロープをかけられたけど怖くなって吊り続けることができなかった


あの子は現実的じゃないと言って最初から飛び降りのことは考えていなかった
私は飛び降りようとしたけど足がすくんで動けなかった


あの子は薬を一切飲まなかった
私はいつも中途半端な量を飲んで救急車で運ばれたりした


あの子は太ももや左腕を切っていた
私は肘の内側や右手首を切っていた

 

二人とも電車に飛び込もうとは思わなかった

これからも元気でねとか思っておくべきなのだろうか
元気でねって思うには難しすぎる境遇だと思う
死にたいと思ったなら死んでもいいと思う
止めはしないから
だって死にたいと思ってる人に生きたいと思ってる人が何か言葉をかけても全部無駄だと思ってるから
辛くてもそのうちいいことあるから生きろとかふんわりした言葉をかけて無理やり生かすって
そんなエゴあるか

 

でも、あの子のおかげで大嫌いだった春が少し好きになった。